エコノミストが介護を「メガテーマ」に挙げた理由
エコノミストのエミン・ユルマズ氏は、今後20〜30年で成長する産業として4つのメガテーマを挙げている。
- IT・半導体・AI
- エネルギー(AIデータセンターの電力需要)
- ヘルスケア(医療・介護・QOL向上)
- 防衛・安全保障(食料安保含む)
なぜヘルスケアがここに入るのか。理由は人口動態が需要を保証するからだ。
日本の労働人口(15〜60歳)は減少を続けている。一方で60歳以上の人口は増え続け、従属人口指数は悪化の一途をたどる。現役世代が負担する社会保障費は膨らみ続け、制度の持続性そのものが問われている。
この構造の中で、ヘルスケア需要だけは「増えることが確定している」。寿命が伸びる以上、ただ生かすだけでなくクオリティ・オブ・ライフを高めるサービスへの需要が構造的に拡大する。
エミン氏はさらに、AI時代の文脈でも介護の位置づけを語っている。米国ではAIによるホワイトカラーの大量解雇が進み、ソフトウェア企業の存在意義そのものが問われ始めている。一方、日本は元々人手不足のため、AIを導入しても失業が増えるのではなく、労働力の再配置が起きる。その中でも「どんなにAIが優秀でも、介護する人が必要」と明言した。
介護施設業界の構造 ― 寡占度の低さと再編の始まり
対談の後半に登場したのが、リビングプラットフォーム(証券コード7091・グロース市場)代表取締役の金子洋文氏だ。同社は「ライブラリ」シリーズの有料老人ホーム・サ高住・グループホームを北海道から関東・関西まで展開する上場介護企業である。
株式会社リビングプラットフォーム(ライブラリシリーズ)
- 証券コード
- 7091(東証グロース)
- 代表取締役
- 金子洋文
- 設立
- 2011年6月
- 本社
- 札幌市 / 東京本部:千代田区霞が関
- 主な事業
- 介護事業(売上の約8割)、障害者支援事業、保育事業
- 施設ブランド
- ライブラリ(有料老人ホーム・サ高住・グループホーム)、シルバーハイツ、ブルースター
- 展開エリア
- 北海道・宮城・福島・埼玉・千葉・東京・神奈川・兵庫
- M&A実績
- 27件(調剤薬局のM&Aも含む)
金子CEOが語った介護業界の構造は、現場を知る経営者ならではの具体性がある。
寡占度が極めて低い
介護業界は零細事業者が何万も存在し、大手のシェアが非常に小さい。株式会社だけでなく社会福祉法人・医療法人・財団法人など多様な法人形態が混在しており、業界全体を俯瞰できるプレイヤーがほぼいない。
介護給付費ベースで約12兆円、食費・家賃を含めれば20〜25兆円とされる巨大市場でありながら、上位企業の集中度は他産業と比べて著しく低い。
PEファンド参入で再編が加速
投資ファンド(PEファンド)が介護事業の買収に動いている。大手の日学館が1,000億円規模でファンドに売却された事例が象徴的だ。ファンドが買い集めを行い、ロールアップ(小規模事業者の連続買収による規模拡大)で業界を集約していく流れが明確になりつつある。
金子CEOも「大きな事業者が上場廃止(プライバタイズ)する事例がとても増えている。今後さらにこの動きは促進される」と述べている。同社自身もM&Aを積極的に活用しており、金子CEOは対談の中で27件のM&A実績があると語っている。年3〜4件のペースで買収を重ねているという。
エミン氏は「どこかで業界再編が起きると、その業界が注目されて株価が上がりやすいという特徴がある」と指摘。介護業界は今まさにその転換期にあるとの認識を示した。
人材不足と建築費高騰 ― 2つのボトルネック
賃上げできない事業者は淘汰される
介護報酬は国が決定するため、企業間の価格差別化が難しい。2026年には物価高を受けた介護報酬の緊急改定(通常は3年に1回だが、2年目に異例の実施)が行われ、職員の処遇改善に焦点が当てられた。
しかし金子CEOは冷静に見ている。「介護業界全体の賃金は上がるが、他の産業はもっと上がっている。相対的には競争力が落ちる」。きちんとしたマネジメントで利益を出し、その利益を賃金に回せない事業者は、職員が確保できず淘汰されていく。
実際に、現在業界で淘汰されている最大の理由は人材が雇用できないことだという。
建築費高騰が施設の新設を阻む
施設介護における直近の最大課題は建築単価の高騰だ。金子CEOによれば、大手各社の経営者が集まって話す中で、対策は大きく2つに集約されている。
- 大規模化 ― スケールメリットでコストを吸収する
- 高級化 ― 入居費用を上げて建築コストを回収する
リビングプラットフォームはどちらでもない第3の道を選んでいる。「いいものを安く」を掲げ、駅近の好立地で、業界では不可能と言われた価格帯でサービスを提供する。マネジメントの積み上げで収支構造を最適化し、利益を確保しているという。
大手の生存戦略 ― 立地・コスト構造・内製化
「駅近」が人材確保にも効く
施設の立地について、金子CEOは「駅から近いこと」を最重要視している。地方では車社会のため「駅から遠くてもいい」という常識があったが、駅に近いことで利用者の家族が面会に来やすくなるだけでなく、車を持たない職員も通勤できる。利用者も集まり、職員も集まる。
ただし駅近は土地代が高い。「その値段帯で駅近にいい施設を作るのは不可能」と言われたが、コスト構造の工夫で実現しているという。
食事の内製化、そして農業まで
物価高への対策として、リビングプラットフォームは食事を完全に内製化している。自社グループ内に給食会社を持ち、栄養士・調理師を数十人規模で抱えている。外部の給食業者に依存していない。
さらに2025年からは農業法人(アグリプラットフォーム茨城)を立ち上げ、米の自社生産を開始した。米の製造原価自体はそれほど変わっていないが、流通の多層構造によって仕入れ価格が高騰している。自社で生産すれば中間マージンを排除できる。
電気代についても、太陽光パネルの設置を進めており、ペロブスカイト太陽電池の量産化にも期待を寄せている。
施設運営 → 給食会社 → 農業法人 → エネルギー。リビングプラットフォームの戦略は、介護報酬が国に決められている制約の中で、コスト側を徹底的にコントロールする垂直統合モデルだ。これは資本力のある大手だからこそ可能な戦略であり、零細事業者との差はさらに広がる。
障害者支援への展開
金子CEOは今後の成長エンジンとして障害者支援事業を挙げた。上場企業で障害者支援を主力とする会社はほぼなく、「障害者支援における有料老人ホームのような施設」という日本初のビジネスモデルを2026年から展開するという。介護事業の知見を隣接領域に横展開する動きだ。
AIは介護を代替できるか
エミン氏と金子CEOの見解は一致している。できない。
エミン氏は「どんなにAIが優秀でも、お医者さんが必要。注射をするナースさんが必要。介護をする人が必要」と断言。人を直接ケアする仕事はAIに代替されない領域だとした。
金子CEOは制度面からも説明している。日本の介護制度ではスタッフ1人あたりの利用者数に上限が定められている。仮にヒューマノイドロボットが介護を行えるようになっても、現行制度では人員として「1カウント」されない。AIやロボットが活躍できるのは記録作成などのバックオフィス業務であり、現場の配置基準を代替することは制度上も不可能だ。
つまり介護の人材不足は、テクノロジーでは解決しない。人を集められる企業が生き残り、集められない企業が退場する。この構造は当面変わらない。
施設選び・施設経営への示唆
施設を探している方・ケアマネジャーの方へ
この対談から見えてくるのは、介護施設の「選び方」が変わりつつあるということだ。
- 事業者の経営体力を見る ― 賃上げができない事業者は職員が離職し、サービス品質が下がる。財務基盤の安定した運営母体かどうかは、入居後の安心に直結する
- 大規模化 or 高級化の二極化が進む ― 中間的な施設は淘汰圧力にさらされる。長期入居を前提にするなら、運営会社の方向性を確認したい
- M&Aで運営母体が変わりうる ― 入居時と数年後で運営会社が変わるケースは今後増える。契約条件の確認が重要になる
施設入所ガイド →
施設事業の経営者の方へ
業界再編は「いつか来る話」ではなく、すでにPEファンドと上場企業のM&Aによって進行している。
- 人材確保 = 経営の生命線 ― リビングプラットフォームの採用コストは1人あたり平均10万円。データ分析に基づく採用手法で、数千人規模の採用をこの単価で実現している
- 介護報酬に依存しないコスト構造 ― 報酬は国が決める以上、差別化はコスト側でしかできない。食事の内製化、エネルギーの自給、DXによるバックオフィス効率化が具体策
- 隣接領域への展開 ― 障害者支援事業への参入のように、介護で培ったオペレーション力を横展開する選択肢がある
まとめ
介護は人口動態に裏付けられた、今後20〜30年の構造的成長セクターである。市場は20兆円超でありながら寡占度が極めて低く、PEファンドの参入とM&Aによる業界再編がすでに始まっている。
人材不足と建築費高騰という2つのボトルネックの中で、賃上げ・コスト管理・DXに対応できない事業者は淘汰される。AIは介護の現場を代替できない以上、「人を集められる事業者」と「集められない事業者」の格差は拡大する。
施設を探す側にとっても、運営母体の経営体力を見ることの重要性が増している。
関連記事・ガイド
エミン・ユルマズ氏 × 金子洋文氏(リビングプラットフォーム代表取締役)対談動画「マクロ経済と産業構造を読む / 介護業界の構造と成長戦略」(YouTube, 2026年)。介護給付費のデータは厚生労働省「介護給付費等実態統計」に基づく。リビングプラットフォームの企業情報は同社公式サイト(証券コード7091、東証グロース市場)より。