・西予市の訪問介護は11ヶ所(全国平均の66%)、訪問看護は4ヶ所(50%)と在宅サービスが手薄
・一方、グループホームは17施設(287%)、特養は8施設(232%)と施設は全国平均の2〜3倍
・小規模多機能型居宅介護は0ヶ所。過疎地こそ必要なサービスが存在しない
・「施設に入れる」が「自宅で暮らし続ける」が難しい――地方介護の構造問題をデータで検証
朝日報道で注目された西予市の訪問介護危機
愛媛県西予市。人口約3万4千人、65歳以上が15,605人を占めるこのまちで、訪問介護が危機に瀕しています。
朝日新聞の取材で明らかになったのは、毎月25万円の赤字を抱えながら訪問介護を続ける事業者の姿でした。「やめたら利用者の行き場がなくなる」。この使命感だけで事業を継続している実態は、西予市だけの問題ではありません。
しかし「厳しい」という定性的な報道だけでは、問題の構造は見えてきません。本記事では、厚労省の介護サービス情報公表システムのデータを使い、西予市の介護サービスを12の指標で全国平均と比較します。データが浮き彫りにしたのは、「施設は充実しているのに、在宅サービスは全国平均を大きく下回る」という、地方特有の構造的偏りでした。
西予市の介護サービスを全国平均と比較する
以下の表は、西予市の主要な介護サービスの事業所数を、65歳以上人口あたりの全国平均と比較したものです。全国平均を100%としたとき、西予市がどの程度充足しているかを「充足率」として表しています。
| 指標 | 西予市 | 充足率 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 65歳以上人口 | 15,605人 | -- | 高齢化率45%超 |
| 一人暮らし高齢者率 | 20.4% | -- | 5人に1人 |
| 訪問介護 | 11ヶ所 | 66% | 全国平均を大きく下回る |
| 訪問看護 | 4ヶ所 | 50% | 全国平均の半分 |
| デイサービス | 23ヶ所 | 125% | やや充実 |
| 特別養護老人ホーム | 8施設 | 232% | 全国平均の2.3倍 |
| グループホーム | 17施設 | 287% | 全国平均の2.9倍(最も充実) |
| 小規模多機能型居宅介護 | 0ヶ所 | 0% | 存在しない(最も手薄) |
| 配食サービス | 3件 | -- | 行政委託+民間チェーン |
出典:厚労省「介護サービス情報公表システム」2025年12月末時点のデータをもとに在宅ケアナビが算出。充足率は65歳以上人口1万人あたりの全国平均事業所数を基準として算出。
データが示す「施設充実・在宅手薄」の構造
このデータから明確に読み取れるのは、西予市の介護サービスが施設系に偏り、在宅系が手薄という構造です。
在宅サービスの不足:訪問介護は66%、訪問看護は50%と、自宅で介護を受けるための中核サービスが全国平均を大きく下回っています。訪問介護の11ヶ所は一見多いように見えますが、西予市は東西約44km、面積514km2に及ぶ広大な市域を持ちます。旧5町(明浜・宇和・野村・城川・三瓶)に分散する高齢者をカバーするには、11ヶ所では到底足りません。
施設系の充実:グループホーム287%、特養232%と、施設への入所は全国平均を大きく上回る水準です。これは歴史的に施設整備が進められてきた結果ですが、裏を返せば「在宅で暮らし続ける」より「施設に入る」ことが前提の地域構造になっていることを意味します。
高齢者の多くは住み慣れた自宅で暮らし続けたいと望んでいます。内閣府の調査でも「最期まで自宅で」を望む高齢者は半数を超えます。しかし西予市のデータは、その希望を叶えるインフラが不足していることを示しています。
なぜ訪問介護は地方で維持できないのか
西予市で訪問介護事業者が毎月25万円の赤字を出しているのは、経営の問題ではなく制度の構造的矛盾です。
移動距離と報酬の矛盾
朝日新聞の取材によると、西予市のヘルパーは片道30〜40分かけて利用者宅を訪問しています。しかし介護報酬は「サービス提供時間」に対してのみ支払われ、移動時間は報酬の対象外です。
具体的な数字で見てみましょう。生活援助(掃除・洗濯・調理など)を1時間提供した場合の報酬は約2,000円です。しかし実際の拘束時間は、往復の移動60〜80分+サービス提供60分で、合計2時間〜2時間20分。実質的な時給は850〜1,000円にしかなりません。
都市部であれば次の訪問先まで自転車で10分、1日に6〜7件回れます。しかし西予市のような中山間地域では、1日に回れる件数は3〜4件が限界です。同じ8時間労働で、都市部の半分しか売上が立たない構造がここにあります。
2024年度の基本報酬引き下げが追い打ち
この状況に追い打ちをかけたのが、2024年度介護報酬改定です。介護報酬全体は+1.59%のプラス改定だったにもかかわらず、訪問介護の基本報酬は引き下げられました。処遇改善加算を含めれば実質プラスという説明でしたが、加算の算定要件を満たせない小規模事業所にとっては純粋な減収です。
西予市のような地域では、事業所の多くが従業員10人未満の小規模です。加算の事務負担に耐えられず、結果的に基本報酬の引き下げだけが直撃する構図になっています。詳細は訪問介護事業者の倒産が過去最多の記事で解説しています。
若年層の流出と人材確保の困難
西予市の人口は減少の一途をたどっており、特に20〜40代の生産年齢人口の流出が深刻です。訪問介護員の全国平均年齢は約54歳ですが、地方ではさらに高齢化が進んでいます。新規採用は極めて困難で、既存のヘルパーが引退すれば、そのまま事業所の閉鎖につながります。
全国的な訪問介護の充足率マップについては、訪問介護の充足率分析で詳しく分析しています。
小規模多機能ゼロが意味すること
西予市のデータでもう一つ衝撃的なのは、小規模多機能型居宅介護が0ヶ所という事実です。
小規模多機能型居宅介護(小多機)は、「通い」「訪問」「泊まり」の3つのサービスを1つの事業所が柔軟に組み合わせて提供するサービスです。利用者の状態や家族の都合に応じて、今日はデイサービスとして通い、明日はヘルパーに訪問してもらい、週末は泊まる――という使い方ができます。
過疎地こそ小多機が有効な理由
小多機が地方の過疎地にこそ有効である理由は、そのサービス設計にあります。
- 1事業所で複数サービスを提供できる:訪問介護・デイサービス・ショートステイを別々の事業所で運営するより、効率的に人員を配置できる
- 顔なじみのスタッフが一貫してケアする:認知症の高齢者にとって、環境の変化は最大のストレス。同じスタッフが通い・訪問・泊まりを担当することで混乱を防げる
- 定額報酬で経営が安定する:利用回数に関わらず月額定額の報酬が支払われるため、利用者が少ない月でも事業所の収入が安定する
にもかかわらず、西予市にはこのサービスが1ヶ所も存在しません。グループホーム17施設の経営ノウハウがあるにもかかわらず、在宅サービスの複合型には参入できていない実態があります。
全国の小規模多機能の地域格差については、小規模多機能の地域格差分析で詳しくまとめています。
配食サービス3件という現実
訪問介護が縮小した地域で、次に問題となるのが「食」です。
訪問介護の生活援助には調理が含まれます。ヘルパーが来なくなれば、自力で調理できない高齢者は食事の確保すら危うくなります。特に一人暮らし高齢者率20.4%の西予市では、この問題は深刻です。
現在、西予市で利用可能な配食サービスはわずか3件です。行政が委託する配食事業と、民間の宅配弁当チェーンを合わせてこの数字です。514km2の広大な市域に対して3件では、配達エリアの制約から利用できない地域も存在します。
・介護認定がなくても利用できる(申請不要で始められる)
・安否確認の機能を兼ねる(配達時に利用者の状態を確認)
・栄養管理された食事を確保できる(低栄養・脱水の予防)
・訪問介護が縮小した地域での「最後の砦」になりうる
配食サービスが手薄な地域の全国マップは、配食サービスの空白地帯で確認できます。また、西予市の配食サービス詳細ページでは、実際に利用可能な事業者の情報をまとめています。
2026年6月の臨時改定は地方を救えるか
訪問介護の危機を受けて、政府は2026年6月に介護報酬の臨時改定を実施します。西予市のような地域にとって、この改定はどこまで有効なのかを検証します。
処遇改善加算28.7%への引き上げ
処遇改善加算率が最大28.7%に引き上げられます(GemMed 2026年1月21日報道)。政府目標では介護従事者全体で月1万円の賃上げ、生産性向上に取り組む事業所ではさらに月7,000円の上乗せが見込まれています。
しかしこの施策の限界は明確です。加算は「取得できる事業所」にしか恩恵がありません。キャリアパス要件や研修計画の策定など、事務負担を満たせない小規模事業所は加算を取れず、賃金格差がさらに広がる恐れがあります。
過疎地向け定額報酬の新設
より注目すべきは、2026年4月に閣議決定された法案に含まれる過疎地の訪問介護への定額報酬の導入です(Joint 2026年4月3日報道)。
現行の出来高制では、利用者1人に1時間サービスを提供して約2,000円。移動時間を含めると赤字になるのは前述の通りです。定額報酬が導入されれば、地域の利用者数に応じた月額固定の報酬が支払われ、移動距離のハンデが緩和されます。
ただし、法案の詳細はまだ明らかになっていません。対象地域の要件、報酬水準、既存事業所への経過措置など、制度設計次第で効果は大きく変わります。
朝日報道の事業者の声に応えられるか
取材に応じた事業者は「基本報酬を引き上げてほしい」と訴えていました。この声に対する政策の回答は、基本報酬の直接引き上げではなく、加算の拡充と定額報酬の新設です。
加算を取得できない小規模事業所にとっては、依然として構造的な課題が残ります。真に地方の訪問介護を守るには、基本報酬そのものの地域係数導入――過疎地では基本報酬を割り増しする仕組みが必要ではないでしょうか。
まとめ:在宅で暮らす権利を守るために
西予市のデータが示す地方介護の構造問題
西予市のデータを全国平均と比較して見えてきたのは、「施設は充実しているが、在宅サービスは手薄」という地方特有の構造でした。
訪問介護66%、訪問看護50%、小規模多機能0%。これらの数字は、「自宅で暮らし続けたい」という高齢者の希望を制度が支えきれていない現実を示しています。一方で、グループホーム287%、特養232%という数字は、施設へ入る選択肢は確保されていることを意味します。
問題は、この偏りが高齢者の「選択」ではなく「選択肢の不在」によって生じている点です。在宅サービスが十分にあれば自宅を選ぶはずの人が、サービスがないために施設を選ばざるを得ない。これは個人の選択の問題ではなく、制度設計の問題です。
2026年6月の臨時改定と過疎地向け定額報酬は、この構造を変える第一歩になり得ます。しかし、それだけでは不十分です。小規模多機能の整備、配食サービスの拡充、基本報酬の地域係数導入など、在宅介護のインフラを総合的に整備する政策が求められています。
西予市の介護サービスデータを見る
出典・参考
- 厚生労働省「介護サービス情報公表システム」(2025年12月末時点のデータ)
- 厚生労働省 介護報酬について
- GemMed(2026年1月21日 処遇改善加算28.7%に関する報道)
- 介護ニュースJoint(2026年4月3日 過疎地新スキーム・定額報酬に関する報道)
- 朝日新聞 西予市の訪問介護事業者に関する取材記事