厚労大臣が明かした「100の空白」
ノンフィクションライターの次野尚典氏によれば、2025年4月、当時の厚生労働大臣が会見の中で、訪問介護の事業所が1つも存在しない町村が全国に100あることに言及した。
さらに、そのうち10箇所はこの半年間で事業所を失った。つまり、空白地帯は今この瞬間も広がり続けている。
2026年4月時点の最新データ:赤旗報道によれば、この空白町村は2025年8月で115町村、2026年2月時点では116町村まで拡大している。1事業所しかない自治体も全国で約268市町村に達しており、「次の倒産で空白化する」予備軍を含めれば、危機の規模はさらに広範囲に及ぶ。
介護保険は全国一律の制度だ。40歳以上の国民は等しく保険料を納めている。にもかかわらず、住んでいる地域によっては訪問介護サービスを受けられない。在宅介護の前提が崩れ始めている。
なぜ事業所が消えるのか ― 倒産と撤退の構造
空白地帯の拡大には、明確な構造的原因がある。
倒産件数が過去最多
介護事業者の倒産件数は、2000年の介護保険制度開始以来過去最多を更新し続けている(帝国データバンク・東京商工リサーチ調べ)。売上が伸びず経営が立ち行かない事業者が、年々増加している。
次野氏は「事業がうまくいかない、成り立たない、もうやめざるを得ない。そうすることで空白地帯ができていく」と指摘する。経営者の夜逃げにより複数施設が一斉に運営不能になったケースも報じられている。
人材が集まらない
求人を出しても人が来ない。交番に募集広告を貼る事業所すらある。介護従事者は約200万人いるが、推計で20〜30万人の不足が見込まれている。しかし次野氏は「現場レベルの感覚としてはもっと足りない」と述べている。
外国人労働者でも埋まらない
介護分野には推計約7万人の外国人労働者が従事しているが、全体の数%に過ぎない。円安の進行により「日本で介護の仕事なんか給料安くてやってられませんよ」と言う外国人もいるという。日本が選ばれない国になりつつある。
北海道のような広大な地域では、隣の町から来てもらうだけで1時間以上かかる。奈良県の通所介護施設では、利用者のピックアップだけで1時間以上かかり、介護職員が1人取られる。人手不足と地理的制約の二重苦だ。
空白地帯の住民はどうしているのか
事業所がゼロの100町村の住民は、現状では以下のような方法で介護サービスを確保している。
- 隣接自治体からの越境サービス ― 近隣市町村の事業所に依頼。ただし移動時間とコストがかかり、事業者側のインセンティブが低い
- 家族による介護 ― 老々介護や遠距離介護で対応。介護離職のリスクが高まる
- サービスなしで暮らす ― 認定を受けていてもサービスを利用していない高齢者が一定数いる
次野氏は「綱渡り状態だ」と表現している。形式上は隣接自治体との「連携」で成り立っているとされるが、実態は脆弱だ。連携先の事業所も人手不足に苦しんでいれば、いつ受け入れを断られてもおかしくない。
質の崩壊も同時に進んでいる
量の問題(事業所が足りない)だけではない。次野氏は「量と質が二重で崩壊していっている」と警鐘を鳴らす。
虐待の増加
介護施設における虐待件数は年々増加している。身体的虐待だけでなく、精神的虐待や経済的虐待も含めると、報道されているのは氷山の一角だ。「認知症の方にきわどいことを文章で書かせてバカにして笑う」といった精神的虐待は、本人に自覚がないため表面化しにくい。
架空請求による公金詐取
介護サービスを提供していないにもかかわらず、提供したと虚偽の申請をして公金を得る事業者が「結構たくさんある」と次野氏は指摘する。認知症の利用者は確認ができないため発覚しにくく、内部告発がなければ行政も動けない構造だ。
見えにくい質の低下
経営が苦しくなると、研修を削る、ベテランをやめさせて新人に置き換える、といったコスト削減が行われる。行政のホームページで施設を調べても「職員10人」としか出てこない。その10人のうち何人がベテランで何人が研修を受けていない新人なのかは、外からは見えない。
「定額制」は地方を救えるか
空白地帯への対策として、政府内で訪問介護の定額制(サブスクリプション型)の導入が検討されている。
現行制度では、訪問介護の報酬はサービス提供回数に比例する。利用者が少ない地域では、事業所の売上が構造的に少なくなり、経営が成り立たない。定額制にすれば、利用回数に関わらず事業所に一定の報酬が入るため、人口の少ない地域でも事業を維持できるというロジックだ。
定額制のメリット
- 利用者が少ない地域でも事業所の経営が安定する
- 事業者が「回数を増やして報酬を稼ぐ」インセンティブがなくなり、本当に必要なサービスに集中できる
定額制のリスク
- モラルハザード ― 「定額でもらえるなら、なるべく来てもらわない方がいい」という発想で運営される可能性がある。実態のないサービスに公金が流れるリスク
- 公平性の問題 ― 1回利用する人と10回利用する人が同じ負担額になることが、利用者にとって公平なのか
- 質の担保 ― 定額であれば「最低限やればいい」という動機が働きやすく、サービスの質が低下する恐れがある
次野氏は「事業所の立場に立てば確かにそう。でも利用者の立場に立った時に果たしてメリットがあるのかは、現段階では分からない」と慎重な見方を示している。
空白地帯に住む家族・ケアマネができること
ご家族の方へ
- 親の地域の事業所数を確認する ― 「介護が必要になってから探す」では遅い。今のうちに親の住む地域にどの程度の事業所があるかを把握しておく
- 隣接自治体の事業所もリストアップする ― 地元にない場合、隣の市町村からサービスを受けられるか、事前に確認しておく
- 地域包括支援センターに相談する ― 空白地帯であっても、地域包括支援センターは存在する。利用可能なサービスの情報を持っている最初の窓口
- 訪問介護以外の選択肢も検討する ― 配食サービス(安否確認付き)、見守りセンサー、オンライン診療など、訪問介護に代わる手段を組み合わせる発想が必要
当サイトでは配食サービスを含む地域の介護資源を検索できます。訪問介護の空白地帯でも、配食による安否確認は利用できるケースがあります。
配食サービスを地域から探す →
ケアマネジャーの方へ
- 担当地域の事業所の経営状況を注視する ― 突然の倒産・廃業で利用者の受け皿を失うケースが増えている。「空きがあるところに放り込む」ではなく、あらかじめ代替先を準備しておく
- 定額制の議論を注視する ― 訪問介護のサブスク化が実現すれば、ケアプランの組み方が根本から変わる。制度の動向を追っておく必要がある
まとめ
介護事業所がゼロの町村が全国に100あり、その数は増え続けている。倒産の過去最多更新、人材不足、外国人労働者の日本離れ——量の崩壊は進行中だ。
同時に、虐待の増加、架空請求、研修の削減といった質の崩壊も水面下で進んでいる。公金を投入しても、それがブラック業者に流れる構造が温存されていれば、状況は改善しない。
定額制(サブスク化)は地方の事業所を維持する手段になりうるが、モラルハザードのリスクも大きい。利用者と家族にできることは、「介護が必要になる前に、地域のサービス状況を把握しておく」ことだ。
関連記事・データ
次野尚典氏(ノンフィクションライター)「2026年 介護の二重崩壊リスクに備えよう」(文春プラス論点2026・YouTube、文藝春秋刊『2026年の論点100』所収)。訪問介護事業所がない町村100の数値は2025年4月の厚生労働大臣会見での言及(次野氏の取材による)。倒産件数は帝国データバンク・東京商工リサーチの調査。外国人介護従事者の推計(約7万人)は民間シンクタンク調べ。介護従事者数(約200万人)は厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」に基づく。